日々雑感

2011年9月20日雨

 

〜連帯責任〜

 

日本人は「連帯責任」という言葉が大好きですよね〜?今回の原発事故に関連して京都の送り火の件や福岡の野菜の件、また愛知の花火の件など風評被害ではありますが、京都や愛知の人からすれば不安はぬぐいきれないでしょうから当たり前な反応だと私は思うのです。「福島が放射能汚染で苦しんでいるから国全体も少しくらい汚染されてもそれは仕方のない話」というのは、第二次世界大戦の時の「一億総玉砕」とか「一億総動員」なんていうことと同じ気がします。

 

これは政府がちゃんとした食品などの放射能の測定値を公表しないからです!公表しないということはかなりの広さで汚染が拡大されている可能性をみんな疑っているからでしょう?戦後70年近く経っても今の政府の体質は昔の日本軍と変わりのない隠蔽体質だということです。

 

TVドラマの「砂の器」もそうでした。主人公の父親はハンセン病ゆえに故郷にいられなくなり、息子を連れて放浪の旅に出たという肝心なところを抜かしてはこの小説は成り立たないのに誤魔化してドラマを作っていては駄目なのではないでしょうか?私の「砂の器」歴は長く小説も映画も何回となく見て読んでいます。推理小説ではなく社会の 隠された問題をえぐり出す名作だと思っているため、思い入れも強いし、この隠蔽体質が蔓延っている時期にこそ核心部分をついたドラマや報道をしてほしいのです。